2007年12月2日日曜日

ジャン・オノレ・フラゴナール「読書する娘」


 ジャン・オノレ・フラゴナール(1732-1806)「読書する娘」(1778年頃)は,読書画像の代表である。

 若い女性の読む姿であること,没入を感じさせることなど,読書画像の特色を最もよくあらわしている。大きなクッションを背に,姿勢良く,右手で小型本を持っている。この持ち方では片手でページをめくっていくことができるのだろうか。座っているのは椅子なのだろうが,よく見ると背は壁のようになっている。左半分の背景の暗緑色で,レモンイエローの服,それに襟と本の白さが浮き上がるようになっている。

 読書は,一定時間同じ姿勢を保つわけであるが,この絵は一瞬を切り取ったように見える。また,物語性もない。そのためにいつでも斬新だ。

 フラゴナールは,「肖像画のいくつかを一時間で描きあげたと豪語した」(『週刊美術館 : ヴァトー フラゴナール』 30号,2000年9月12日,小学館,p.20)といわれ,また写真的な記憶力があったようである。
 
 フラゴナールは,1769年に,絵を習いにきていたマリー=アンヌ・ジェラールと結婚した。結婚生活は平穏だったが,マリーは愛嬌に乏しかった。その妹のマグリットが,やがて同居するようになり,絵も習い始めた。マグリットは画家として「悲しい知らせ」がルーブル博物館に残っているほどの腕前になった。姉とは違って美しかった義妹をフラゴナールは非常に可愛がった。

 フラゴナールは,身近な人間を絵のモデルとしたと言われているので,この「読書する娘」のモデルは,マグリットではないかという説がある。確かに,フラゴナールが描いたマグリットの素描画をみると,おでこの形や首筋は,そっくりである。

 フラゴナールの読書画として,他に,本のページをめくろうとしている「ディドロの肖像」(1769年頃)や本に向かう若い娘を描いた「勉強」(1769年)などが知られているが,もう一点,「読書する娘」という絵があり,こちらのモデルがマグリットかもしれない。

 フラゴナールは,フランス18世紀後半のロココを代表する作家の一人である。勃興するブルジョア達の寝室を飾る「閨房画」で稼いでいた。しかし,この「読書する娘」には,そうした官能性はほとんどない。

 「プーシェが描けばいかがわしく,それのみか淫らにさえなる題材もフラーゴの手になるや芸術となり,自然の流露となり,趣味と精神的優雅の限界にまで達するものとなる」(ヴォルフ・フォン・ニーベルシュッツ.バロックとロココ.竹内章訳.東京,法政大学出版局,1987. 160p.)という評がある。